一関市略年表


BC6000-5000 縄文前期 庄司合遺跡 BC4000-3000 縄文後期 貝鳥貝塚 BC3000-2300 谷起島遺跡 BC1900-1800 浄光沢遺跡 AD700? 杉山古墳群
780 覚べつ城造営中止 789 紀古佐美・遠征 794 坂上弟麻呂、田村麻呂・遠征 801 坂上田村麻呂・遠征、アテルイ降伏
852 配志和神社と舞草神社従5位下(延喜式内社) 1056 前九年の役始まる 1062 前九年の役平定 1083 後三年の役始まる
1126 藤原清衛中尊寺建立 1170 藤原秀衛鎮守府将軍 1189 源頼朝奥州征伐・平泉滅亡。
1189 葛西清重平泉郡内検非違使、伊沢・磐井・牡鹿 1189 葛西清重没 1225 黒沢時重、源頼経より磐井郡黒沢に拝領 1288 葛西宗清、平泉寺院の公時課役に背く 1317 骨寺古図 1324 黒沢重尚、鎌倉から奥州に帰る 1331 元弘の変。葛西、南部、結城、伊達上洛 1332 鎌倉幕府滅亡。黒沢重尚、葛西高清に属する。 1334 建武中興。北畠顕家多賀城着任。 1340 北畠顕信、陸奥に赴任。 1341 顕信、奥州探題退治の計。 1342 葛西清貞、遠江守清明を殺害。 1343 葛西清貞中尊寺梵鐘造る。 1346 大崎、霊山へ。後、志田郡中新田着任。 1393 足利義満、室町幕府開く。 1472 大崎教兼、葛西領磐井郡油田へ侵入。 1498 葛西領乱れる。 1531 葛西植信、大崎高持と佐沼・新田で衝突。 1537 伊達植宗、牛猿丸を葛西晴重の養子にする。 1558 葛西晴信、葛西親信の後継ぎになる。 1571 大崎義隆、葛西領磐井郡に侵入。晴信が撃退。 1573 室町幕府滅亡。 1573 和賀郡の小野寺氏、九戸政実の攻撃にあい葛西氏に臣従。 1574 志津川城主本吉大膳の反乱。 1581 孤禅寺村で黒沢氏と長部氏衝突。 1582 九戸政実、金ヶ崎城に侵入。葛西軍撤退。 1587 浜田氏と本吉氏衝突。 1589 太閤、小田原北条氏を攻める。 1590 奥州仕置決定。葛西、大崎旧領に木村吉晴就封。
1590 木村領に一揆勃発。伊達政宗、木村氏救出。 1591 伊達政宗、葛西、大崎一揆を討伐。茂庭綱元赤萩に所替。 1592 伊達政宗、朝鮮へ出動。留守政景、黄海城主に。 1599 茂庭周防良元、綱元のあとを継ぐ。 1604 留守政景、志津より一関へ所替。 1607 留守政景没。宗利、後継ぎ。機織山大安寺建立。 1615 留守宗利、胆沢郡金ヶ崎へ所替。 1617 伊達政宗領内のキリシタン16名、ローマ法王庁に所管提出。 1623 胆沢郡福原館主後藤寿庵、脱走して隠れる。(キリシタン) 1641 伊達兵部宗勝、磐井郡一関近郊を領知す。 1660 伊達兵部、田村宗良、伊達亀千代の後見役。 1671 酒井忠勝邸にて原田甲斐、伊達安芸に刃傷。兵部、土佐へ配流。 1682 田村建顕、岩沼から一関へ所替。 1687 居館内に芸叢室(うんそうしつ。図書室)設置。 1688 御条目15ヶ条作成。松樹堂(聖堂)創建。 1689 松尾芭蕉一関に二泊。 1710 幕府巡視。 1742 蜂谷内記供養碑。(キリシタン)
1755 飢饉。建部清庵、民間備荒録を著述。 1757 仙台へ直訴。秋山覚右衛門、永牢。 1762 村隆、赤子養育の直書。 1778 建部亮策・大槻玄沢、杉田氏へ入門。 1780 仙台市へ直訴。北郷主水、一生逼塞。 1782 仙台市へ直訴。山本文六、流罪・網地島。 1783 飢饉。一関学館創設。 1790 仙台市へ直訴。普賢寺弥六他二名。流罪、江ノ島。 1791 関良作、一関学館初代学頭になる。仙台市へ直訴。長野三蔵、流罪。 1797 仙台領農民一揆、江刺郡伊手村より起こる。一関へ押し寄せる。 1802 旱害。 1804 一関学館を教成館(こうせいかん)と改称。 1818 仙台市へ直訴。 1833 飢饉。 1836 飢饉。磐根市郎兵衛、庄内から米を買い入れる。 1838 飢饉。 1840 邦道襲封。 1845 医学校(慎済館)設置。 1846 千葉胤秀、算学道場を開く。 1851 教成館で皇国学を開講。
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